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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2217号 判決

控訴人

管野久子

右訴訟代理人

平田久雄

被控訴人

佐藤アサヨ

右訴訟代理人

浜田脩

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一原判決添付(一)の本件建物および(二)の本件土地(以下、両者合わせた場合を本件不動産という。)はもと控訴人の所有であること、本件不動産について、東京法務局板橋出張所昭和四一年八月一日受付第三〇、七六五号をもつて同日付売買を原因として被控訴人のため所有権移転登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

二被控訴人は、右の移転登記は、控訴人が被控訴人に負担するところの消費貸借上の債務を担保するため、本件不動産について成立した売買の予約あるいは停止条件付売買契約に基づくものである旨主張する。

〈証拠〉を総合すると、次のことが認められる。すなわち

1  控訴人は昭和三八年末ごろ、鈴木寅吉が本件建物の建築に携わつたことから同人と知り合い、鈴木がその後、親相建設株式会社を設立して代表取締役に就任し、事務所に控訴人方店舗の一室を借り受けて建築請負業を営むや、自らも請われて取締役に就任した。控訴人は、右鈴木より親相建設の事業資金を得るため、他から融資を受けるについて控訴人が借主となつたうえ、本件不動産を担保に提供することの依頼を受けてこれを承諾した。そこで鈴木は、昭和三九年四月二一日、控訴人名義で長嶋数美との間で証書貸付等の契約を締結し、本件不動産につき債権元本極度額を二〇〇万円とする根抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を締結してそれぞれその旨の登記を経由したうえ、長嶋から二〇〇万円の融資を得た。ところが鈴木は、長嶋に対する債務を弁済できず、そのまま放置するときは本件不動産の所有権が他に移転しかねない情況となり、加えて事業資金にも窮して再度、控訴人に依頼し、本件不動産を担保に供して融資を得ることの承諾を得たうえ、昭和四〇年三月ごろ、田沼豊次を通じて被控訴人に五〇〇万円程度の融資を求めた。被控訴人はそのころ、まとまつた資金がなく、知人の千葉きよに依頼して同女から被控訴人が融資を受け、それをもつて鈴木の求めに応ずることとし、まず同月一三日、一五〇万円を期限三か月の約で貸与した。被控訴人は右貸与にあたり、前日の一二日、二〇〇万円の消費貸借契約を締結するとともに、その債権を担保するため、本件建物につき債権額二〇〇万円、利息年一割五分、損害金日歩八銭二厘とする抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を締結した。次いで被控訴人は、同年四月二一日、証書貸付・手形貸付・手形割引契約を締結し、右契約より生ずべき債権を担保するため、本件土地につき債権元本極度額五〇〇万円、損害金日歩八銭二厘とする根抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を締結したうえ、同日、二六〇万円を期限三か月の約で貸与した。ところで被控訴人は、右いずれの貸与にあたつても、担保物たる本件不動産の所有者は控訴人であり、また金主は千葉きよであるため、右千葉の貸金の回収を確実にして同女を安心させる意図から借主を控訴人、貸主を千葉としたい旨の意向を伝えて鈴木や控訴人の了承を得たうえ、控訴人名義の千葉あての各領収証の交付を受け、さらに本件不動産に対する前記担保のための登記も、その権利者を千葉として同年四月五日本件建物につき、同月二七日本件土地につき、それぞれ(根)抵当権設定登記および所有権移転仮登記を経由した。そして鈴木は、右借受金をもつて長嶋に対する控訴人名義の債務を弁済し、同月二二日、本件不動産に対する長嶋のための前記登記の抹消を受けた。

なお、被控訴人は、二六〇万円を貸与した当日、控訴人が親相建設の専務取締役川勝俊治をして作成させた、借受金の返済が「三十日おくれた時は担保物件を処分されても異議ありません。」旨を記載した念書の交付を受けるとともに、鈴木を通じて控訴人より本件不動産の権利証、控訴人名義の委任状および印鑑証明書の交付を受けた。

2  鈴木はそのほか、川勝を通じ親相建設名義で被控訴人より、昭和四〇年四月一二日六〇万円、同月一五日六〇万円、同年六月五日五〇万円、同月一〇日四七万円、同月一一日四八万五、〇〇〇円、同月一六日一〇万円、同月二二日と二四日の二回にわたり五〇万円を、いずれも期限二か月ないし三か月の約で借り受けた。

3  12のとおり、鈴木は親相建設のため、被控訴人より融資を受け、その全額を親相建設の事業資金等に費消したが、同建設は、事業不振のため自己名義の借受金につき一〇万円程度返済したのみでその余の返済はもとより、昭和四〇年末ごろからは利息の支払も全くできなくなつた。被控訴人は、前記資金の返済や利息の支払いを専ら親相建設の事務所に赴いて鈴木や川勝に催促し、また鈴木に対し、本件不動産の権利証等とともに交付された印鑑証明書の有効期限が切れるときには新たなものを要求していたが、右鈴木らが、利息の支払いにも窮するに至り本件不動産の所有名義を移転されるのを恐れて、新たな印鑑証明書の交付を渋るようになるや、昭和四一年五月二日、控訴人に直接、貸金の返済を催促して新たな印鑑証明書の交付を求めるに至つた。しかし控訴人としては、被控訴人よりの借受金については鈴木の依頼により、親相建設のため本件不動産を担保に提供したにすぎず、自ら支払う意思はなく、また資力をなかつたのであるが、もし印鑑証明書の交付を拒むときは自己名義の借受金の返済を迫られて直ちに苦境に陥ることを慮り、同日付印鑑証明書の交付に応じた。被控訴人はその後、親相建設の業績不振によつて同建設より返済を得られる見込みがなく、控訴人もまた、親相建設のために返済する意欲も資力もないため、本件不動産について締結された停止条件付代物弁済契約の条件が成就したものとして債権の満足を得るほかはないものと判断し、予め交付されていた本件不動産の権利証、控訴人名義の委任状および控訴人より交付を受けた印鑑証明書を利用し、昭和四一年八月一日、売買名下に自己のため所有権移転登記を済ませた。

以上の事実が認められ、〈る。〉

以上の認定事実によると、前記各金員は、親相建設がその事業資金等を得るため、被控訴人より融資を受けた一連の借受金であつて、一五〇万円と二六〇万円の二口も、名目上の当事者は控訴人と千葉きよであるが、真実のそれは親相建設と被控訴人であり、そのことは貸借当時、関係当事者間の了解事項となつていたものとみられ、控訴人は、親相建設の右借受債務を担保するため、その所有にかかる本件不動産を担保に供し、被控訴人との間で(根)抵当権設定契約および停止条件代物弁済契約を締結したものであると認められる。したがつて、控訴人は、親相建設がその借受債務を弁済しないときは、右担保設定契約に従い、その責任を負うべき義務がある。

しかるに被控訴人は、右貸金につき返済期限が経過しても一〇万円程度の弁済を受けたのみで、その余は全く返済を受けていないのであるから、被控訴人は、右担保権のうちいわゆる仮登記担保権の実行を選択することによつて、本件不動産についてなされた停止条件付代物弁済契約の条件成就による本件不動産の処分権能を取得し、これに基づき本件不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめることにより、自己の債権の弁済を受けることができたのであるから、被控訴人のなした本件所有権移転登記は、正当な法律関係に基づく有効な登記といわざるをえない。もつとも本件においては、被控訴人によつて清算金が支払われたことを認めるべき証拠はないが、たとえそうであつても、控訴人が清算金の支払いを求めるのは格別、既になされた本登記の抹消を求めることは許されないというべきである。

被控訴人の前記主張は、被控訴人の本件所有権移転登記が正当な法律関係に基づく有効な登記である旨の主張に解されるから、結局、理由がある。

三以上の次第であるから、本件不動産につき被控訴人の所有権移転登記の抹消を求める控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は結局相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(渡辺一雄 田畑常彦 丹野益男)

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